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『ネパール・ヒマラヤ花紀行(3) -ムスタン花の谷-』
 
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はじめに
 ムスタンはネパール西部の一地方だが、長く外国人の立ち入りが禁止されていたため、解禁されてからは「禁断の王国」などと秘境中の秘境のようなトーンで紹介された。文明から遠く離れたヒマラヤの山奥で営まれる素朴な暮し。チベット仏教の神秘的な宗教行事と美しくも苛酷な大自然。実際、この地域に外国人が入るためには、現在も煩雑な手続きと高額な入域料が必要であり、ネパール各地を毎年調査で訪れている我々でも、かなり敷き居が高かった。
そして、ついに私達は2000年夏にムスタンを調査するチャンスに恵まれた。荒涼とした山の奥に、薬草が豊富な花の谷があるという。憧れのその地を自らの足で歩き、調べ、予想以上の花に出会うこととなった。今まで紹介されていないムスタンの素顔にも触れることが出来た。

調査地概要
 私達が訪れたのは、2000年の夏、7月7日〜23日の17日間である。我々は、ヒマラヤ地域天然薬物資源研究会(Society for the Conservation and Development of Himalayan Medicinal Resources)という団体で、事前にカトマンドゥの森林土壌保全省植物資源局(Department of Plant Resources)に国際学術共同調査の許可を得て調査を行っている。調査地域はムスタン地方の王都ロー・マンタンからアッパー・ロー・マンタン特別区内である。入域許可申請料としてひとり1日70US$をネパール政府に支払ってから許可がおりる。従来のトレッキンパーミッションの代わりに高額な入域料を支払う必要があることは予備知識としてあったのだが、その他に我々の調査全行程(図1)に同行するリージィオナル・オフィーサ(Regional Officer)への日当、旅費と謝礼が必要となり、予定外の高額出費であった。
 調査ルートは川沿いに標高をあげて北上していく。1日目、ジョムソムJomsom (2740m)の飛行場からチベット国境に続くカリ・ガンダキ川Kali Gandaki Riverとムスタン川 Mustang River沿いにさかのぼる。途中エクロバッティEklobhattiで休憩してから、ジョムソムから5時間ほどでローマンタンの入口の村カグベニKagbeni (2900m)に至る(図2)。2日目の朝7時30分、カグベニ村のはずれにあるチェックポストでローマンタンの入域許可を受けた。ここから先は、私にとって初めてのローマンタンの旅になる。雨期でカリ・ガンダキ川が増水していたため川沿いに歩くコースではなく、高巻きして上のルートに変更した。支流のカリ・ガンダキ川右岸をさかのぼりタンベTangbe (3105m)で昼食をとる。標高は3000mを超えているが日ざしは強く、気温は33℃に達し汗ばむが、乾燥しているのですぐに乾く。チュサン村 Chusang(3010m)では、ガイドの親戚のバッティ(旅篭)でお茶をご馳走になった。その日宿泊地チェレ村Chele (3115m)は、岩肌がむき出しになった山に囲まれ、土地も非常に乾燥し不毛の大地が広がっている。いかにもチベット地域に入ってきたという実感がわいてきた。3日目チェレを出発し、いきなり標高3580mのドゥワラ峠Duwalaまで、急な坂道が続く。道中、チベット名で"Aug Cos"と呼ばれるノウゼンカズラ科のインカヴィレア属植物Icarvillea spp.や、スイカズラ科スイカズラ属植物Lonicera spp.などが観られ苦しい登りにも励まされる。ここではどの植物も背丈が1m以下で、強風や乾燥に耐えうる姿をしており、厳しい自然の中で生き抜くたくましさを感じる。5日目、植物調査をしながら歩いていくと白壁の家々が見えてきた。ここは100年前に河口慧海が滞在した村3)として有名なツァーランTsarang(3540m)である。村の周囲は一面のお花畑が広がり、薬用植物がたくさんみられた。また日本でもなじみのあるソバ、アマ、そしてアブラナを栽培し、村人は時給自足の生活を送っている。家の周辺にはアンズやモモを植栽しており、春の開花期はさぞ見事であろう。ここはまさに桃源郷と呼ぶのにふさわしい所だ。6日目、ツァーランからゆっくりと北上し約5時間で標高3920mのダラ峠Dhallaに到着した。ここからは、ロー・マンタンの村を眼下に、アッパー・ロー・マンタンの山並を遠望できる。それにしても、見渡す限り乾燥した山肌ばかりで、本当に薬用植物がこの奥地にあるのだろうか。ロー・マンタンにはダラ峠から1時間程で到着した。
ロー・マンタンは、城内に家々がひしめき建ち170家族が住んでいる。ダラ峠からは周辺の高い城壁で村が見えなかったため、こんなに多くの家族が暮しているとは想像もつかなかった。ちょうどロー・マンタン最大の祭、ティジ・サルパ仮面大祭2)が終わり、国王ジグメ・パルバル・ビスタの住む王宮の修復が始まっていた。ロー・マンタンの村人だけでなく、周辺の村からも交代で手伝いにくる。
9日目と11日目は、アムチー・テンジン・ビスタ氏の案内でアッパー・ロー・マンタンのキンガレKungale(5000m)、ゴレGhole(5300m)、ティンガーThingar(3950m)、そしてドム・ドムDom Dom(4335m)に足をのばし薬用植物の調査を行った。この地域は、薬物調査に関して今のところ空白地帯である。我々は今回のフロラ調査を足掛かりに、来年から本格的な薬物調査を進めるつもりでいる。そのためにも村人や政府からの協力が最低条件となる、今回はアムチーの尽力で親交を深めることができた。

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美と健康を科学するフレグランスジャーナル社FRAGRANCE JOURNAL LTD.から発刊されているアロマの機能性(生理・心理的作用)と効用の学際的専門誌・季刊(2,5,8,11月) 「AROMA RESEARCH 第5号」に収載されています。
http://www.fragrance-j.co.jp/books/info/aroma/aro-research2.html

Abstract
We investigated medicinal herbs in Mustang of northwest Nepal for 16 days from July to August in 2000. This survey was cooperated with a joint team as 6 members of between Society for the Conservation and Development of Himalayan Medicinal Resources and Department of Plant Resources.
We researched Tibetan medicinal plants and took photographs of these plants and plant habits. And we heard several information as usage, effect, local name, etc. from Lama Amchies who live in Jharkot (3510m) and Lo-Monthang (3730m), Mustang in each Traditional Medical Center.
As a result, about 199 medicinal plants consisting of 366 different species were occurred by our members.
We kept photographs with Photo CDs including their 500 photos in the Medicinal Plant Garden of Kitasato University, Japan. Some raw materials for natural medicine were presented by Lama Amchi of Jharkot.

Survey of Wildflowers in the Nepal Himalayas (3)
Exploration of Himalayan Medicinal Herbs in Mustang of Western Nepal

Takashi Watanabe 1), Haruko Watanabe 2), and Kuber Jung Malla 3)
Medicinal Plant Garden, School of Pharmaceutical Sciences, Kitasato University 1)
Parks and Greenery Section, Itabashi city Office 2)
Royal Botanical Garden, Department of Plant Resources, Godawari, Lalitpur, Nepal (Scientific Officer) 3)


「カグベニKagbeni村(2900m)」


「調査地域概念図」

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